揺らぐ幻影


片思い特有の諸事情を考慮し、里緒菜の本は来年用にとっておこうと決めた。

一年後のバレンタインに可愛いレシピを使えるよう今年頑張ろうと支えになる。

彼女になれたら、乙女なお菓子をプレゼントしたい。


「ねー、お兄さんならどっちが美味しいと思う?」

声量を抑えて結衣は隣の席の男子に尋ねた。

ブックマークしておいたレシピを印刷したものを二枚を指差してやると、

廊下側の机に身を乗り出し、それぞれを見比べ大塚は言った。

「あー、え、フォンダ…… ダー?、ショコラ、かな、なんか名前が。手が込んでそう、美味しそう」


少し高い彼の小声が掠れて聞き取りにくいのは、

恐らく授業中という点を配慮しているからだろう。

面積の多い黒板を前に、出席番号で当てられた生徒が白い字を連ねる。

その文字を追うのは数名で、他の生徒はぼんやり頬杖をついたり、漫画を読んでいたりする。


ご覧の通り、不良やヤンキー、問題児と言った類いの生徒は、E組の教室には存在しない。

ちなみにチャラい面子は居るけれど、彼らは内申を意識する派だ。


いかにもヤンチャな生徒が進行を妨害して先生を困らせるシーンがお決まりらしいが、

そもそも、いちいち授業に出て皆の邪魔するなんて、……椅子に座っている時点で設定がなんだか違うし、

まず制服を着ないだろうし、多分朝夜逆転生活だから起きるのが放課後だろうし、

……と、ツッコミたくなるのが結衣だ。

むしろ本格的なワルなら端から学校に来ないだろうと疑問に思う。

なぜなら、E組の窓際から二列目の前から三番目の空席は、

入学してから一度も姿を見せない本物のワルの席だからだ。


そのため、近年の陰がある悪男ブームに熱を上げるクラスメートと感性がズレているのかなと焦る。

どうして彼女は他の女子のようにキュンとできないのか。

愛美と里緒菜は価値観が似ているのでその点は助かったが、同世代とツボが合わないのが最近の悩みだったりする。



先生の漢字間違いを、小学生のように突っ込む可愛らしいE組の雰囲気が好きだ。

ケンケンしていないゆるゆるとした教室が好きだ。

本当は近藤が隣の席なら、荒いドッキリで顔面にパイ投げされたって幸せだけれど。