揺らぐ幻影


このレシピ本は結衣に敷居が高かった。

最高にプリティーで最強にラブリー過ぎて、とても跨げない。

  乙女仕立て

  友チョコか彼氏チョコ……ううん、本命?

  、無理、私には無理。


可愛いと思う。
本音を言うと近藤にもこのような絵本風バレンタインチョコを渡し、

お料理上手だとか、器用で可愛いだとか、センスのある人だとか思われたい。


というか、一つ前の携帯電話をデコっていた結衣的にどストライクなデザインで、

彼女の趣味が分かる里緒菜だからこそ、この本を厳選してくれたのだろうし、

出来ることなら、このようなレースやらフリルが似合うピンクピンクしたチョコを渡したい。


しかし、冷静に考えて不可能だ。

なぜなら、『コイツはデコレーションに何時間かけたんだ?』という点から、

気合いが伝わり過ぎて重いだろうし、

メルヘンがネタになる程仲良くはない点から、

『逆にラブリーで』や『お菓子のお姫様だから』なんて冗談を言っても笑いに繋がらないだろうしで、

――そう、片思い組が渡すには趣旨が違う代物だった。


可愛いデコレーションをする人は、さぞ自信があるのだろう。

結局、メールを送る時のテンションに似ているかもしれない。

キャピキャピした可愛らしさ、どうしても照れ臭くて彼女は真似できない。

恥ずかしいし、自分のキャラではない気がする。


両思いやカップル、あるいは元々仲良しな男友達にならスイートなチョコを渡せるが、

近藤目線では、なかなかパンチが効いていると引かれ兼ねないと、

まだ結衣と彼がそのレベルではないことくらい客観視できる。


  シンプルイズベスト

そんな単語に三度頷く勇気のない結衣だった。

教卓の左側の壁に貼られた紙はバスや電車の時刻表、マドカ高校のHPの年間行事を印刷したもので、

生活感に溢れたE組が、彼女の世界のほとんどを占める。

教室が主軸の女子高生と言う生き物をやれて嬉しい。

恋をして前よりも学校が楽しくなり、半年前より通うのが好きになった。

……なんて、愛美や里緒菜に失礼な気がして言えないけれど。

素直に近藤が居るから学校が好き。そんな乙女心が笑える。