揺らぐ幻影


否定されたら凹む癖に、肯定されたら悩む。
片思いの頭はなんて厄介なのだろうか。

  不潔そう、とか……

  手洗った? とか、下手くそーって

  なんで、


「きもくない? 手作りチョコ男子困るくない? ドン引きでしょ!」


少女は叫んでいた。
魚焼きグリルで茄子を焼いていた時に、穴を開け忘れていて破裂したような爆音だ。

思わずびっくりして肩を持ち上げるくらいの大きな音だったからだろう、

勢いよくカーテンがめくれられ、広がったのは教室だった。


現実の世界。机の数と同じ分だけ人を収集する学生の基盤。

しまった、そう気付いた時には遅い。

アルバイトの会計でお釣りを返したか返してないか咄嗟に分からなくなった時のひやりとした背筋の感覚に似ている。


「田上バレンタインかー? 貰ってやるよ」

E組の盛り上げ役の男子生徒が言うと、取り巻きのチャラい生徒も続いた。

「俺の分も田上頼んだ」
「手作りのが嬉しいってー食ってやるよ」

あっという間に結衣は教室の主役となる。

盗み聞きはたちが悪いが、この場合叫んだ彼女の自己申告なので自業自得だ。


切り抜ける処世術はウエイトレスをする中で習得したので知っている。

友人のノリで、「じゃ材料代請求するから。一人四千円」と、ネタにすればいい。

下手に黙ると余計バレバレ、冗談にすり替えれば完璧なのだ。


途端にE組にはゆるい笑いが起こるのをつかさず愛美が、

「ありがと結衣、手作りって抵抗あったけど今年は彼氏に手作りチョコにするー」と、

とても違和感があるオンナノコな口調で説明するように滑舌良く言った。


――愛美は優しい。
結衣がチョコを手作りすると宣言すれば、本命は誰だと探りを入れられる。


だから、

「結衣も来年は父上以外にチョコあげなよ?」

そうやって、『田上結衣は今年のバレンタインは父親しかあげる人が居ない』と明言してくれたため、

男子からはパパチョコとは気の毒だと野次られるだけで済んだ。


ありがとうと言えば、涙袋を膨らませて「私って天使ー」と茶々をいれ笑う。

いつもいつも甘やかしてくれる二人は、結衣にとっては安くてまずいチョコレートだ。