揺らぐ幻影


「ぽこりんバレてる、普通に市井。」

音の元にはキラキラと輝く蜂蜜成分入りのグロスが塗りたくられている。


自分に合ったグロスと出会えるのは、ホットケーキを一枚目から綺麗なキツネ色に焼くくらい稀だ。

すぐ潤みがなくなったり皮が剥けたり、ラメが安っぽかったり、

ベタベタして髪の毛が張り付いたり、やたら乾燥したり……

更にチューブタイプや繰り出し式、指で塗るもの、たくさんだ。

五百円で当たるか三千円もしてハズレか、女子高生にとってグロス購入は運試しだと言える。


美味しく見えるよう焼く前に玉子をたっぷりと塗ったクッキーの表面のように煌めく唇から紡がれた事実に、

「エスパー」「鋭どーイトウ」と、愛美と里緒菜は驚きを露わにした。

三人の中で偶然奇遇作戦は緻密な計算の上で成り立っていたので、

誰かに気付かれるなんて、全くもって予想外のことだった。

その割に冗談を挟む余裕があるのは天性である。


「応援してくれるっぽい、謎。サポーター、にわか?」


結衣はドキドキした。
綿飴の中に弾けるキャンディーが含まれているお菓子のように、

市井によって悪戯に胸を叩かれる。

近藤と仲良しの彼が応援するというのなら、もしかしたら――と淡い期待が生まれる。


そう、見込みがない相手なら わざわざ『頑張れ』など言わないのではないかと。

自信過剰になって凹むのは誰でもなく間違いなく自分だというのに、

幸せな希望、明るい未来を悠長に描いてしまう。


痛くて良い。
勘違いな勇気は前を向くパワーになるらしく、だから結衣はハッキリと明言した。

「バレンタイン手作りチョコあげる!」


透明の板に添えた手の輪郭が、光を吸収して赤く縁取られる。

血が巡る色、運ばれるのは恋の細胞だ。


反射した中に居る薄く透き通った友人らと目が合った。

直視するよりも窓越しに会話をするのは照れ臭く、目線をゆっくりと屋上に戻す。


さあ、自信家結衣はネガティブ思考に早変わり。

次に言われるであろう言葉が怖くて、少し唇を噛んだ。

とろりとしたグロスが口内に溢れ、ねったりと歯間に嵌まる。

はちみつの香りがしてもホットケーキのように甘くはない平成の苦みだ。