揺らぐ幻影


さっきから ずっと結衣は市井の丸い目を直視しているが、

第六感でクラスの女子生徒が未だにこちらを注目していると読めている。

確かに彼は学生ノリで王子様と言われるだけあって、

万人受けするツボを抑えた魅惑に溢れた顔立ちだ。


  顔変えてほしー、モテモテ良いな

  営業マン……

  オバサマキラーになりそ

マスカラをしているみたいな長いまつ毛、涙袋は影があるくらい膨らんでいる。

甘いパーツは幸せいっぱいなのだとばかり思っていたけれど、

こうして至近距離で観察すれば、従兄弟の保育園児がママを探している時の頼りない面にも似ている。


無意識にウサギのお財布を握った。

兎は寂しいと死ぬのなら、目の前に居る白兎のような人は何だというのか。


「はい、俺自慢します。勉強苦手、だから教科書 丸暗記の自信あるから。すごくない?

今更意味ないのにね?、はは、頑張って。

田上さんって馬鹿なんだよね、学期末頑張って。ちゃんと。バレンタインだしね、あはは」

世界史の話が勉強の話、テストの話に変わり、なぜオチがバレンタインになるのか。

頑張っての意味はテストではなくて、つまりバレンタインを、

――すなわち近藤のことをと、濁したつもりなのだろうか。


言葉遊びが好きな人間のお喋りは理解に苦しむ。

深読みし過ぎて実は含みはゼロかもしれないのだから、いまいち正しい反応をできない結衣だ。


「なに、が? 校長並に長話、あはは」

  何を応援してくれてんの?

  テスト? だったらノート貸してよ、とか

  てか俺頭良いだろ自慢? さりげなく私のこと馬鹿って、言った

  ぽこりん……協力してくれんの?

訳が分からない。掴みすぎたウサギは苦悶の表情になっている。


結局、結衣には意味不明なトークとしてしか受け取りようがなかった。

なぜなら、楽観的な彼女はいちいち物事の裏を追求しやしないせいだ。

詐欺に遭っても騙されるまで気付けない人だから、

教室の女子が自分に今とてつもなくヤキモチをやいていることなんて知らないフリをする。

E組が暑いのは、暖房の温度がきっと三十度のせいだと呑気に捉える雑さが好きだ。