揺らぐ幻影


ちらりと顔を盗み見ると、胸がきゅんとなるくらいお人形のように美しく、

こんなにカッコイイ人を見たことがないと、結衣は改めて認識した。

近藤も魅力的だが、やはり彼とは次元が違う。

その完成度の高さから、教科書、絵本、絵画、どこか遠くの世界から抜け出してきた王子様という表現がぴったりだ。


  こんな顔とキスなんかできない

  緊張で無理

なんて親父思考なんだろうかと我に返る。

恋心はなくとも、美少年を前にすれば年頃の乙女なら誰だってペースが崩れるものだ。

当然、結衣も手持ちぶたさに玩具を弄った。


毎朝端正込めて巻いている髪と、スプリングを伸ばした時のくるくる感が似ていて、

少し複雑な気持ちになったけれど。


背中を曲げて窓から身を乗り出す形になっている市井との距離感は、

男子と女子で考えるなら、フォークダンス以来の密着具合な気がした。


  唇かわい

  いいな、グロス似合いそ

  てかグロス必要ない感じ、羨ましー

眠り姫にそっと口づけをするために存在するような、

愛を奏でるためだけに存在するような、特別な唇に思えた。


しかし、さっきから自分は若干変態みたいだと気付き、

「市井くん頭良い癖にあれだよ、勉強してんのにしてないって自慢するタイプ、あはは」と、

結衣はいつもの調子を演じ、天才は狡いと揶揄して笑った。


そう、爆笑の沸点が低い話でも、

この手の聞き飽きた学生定番ネタには誰だってテンションを上げるはずが、

突然、教科書を力強く机に叩き付けられた。

怒った人みたいな動作にびっくりした結衣は思わず身を縮める。

  え、何?

  ……きれた?

ネタが通用しなかったのかと言う不安は必要なかったようで、

入学してから見たことのない程、彼にとびきりの笑顔を向けられた。

ただの癖なのかと、分厚い教科書をさっと机にしまった。



最近は好きな人を意識して、いちいち嫌われたかもとか無視されたかもとか、

近藤についての深読みで自分を見失っていたが、

今のように、誰かの言動を受け流すのが田上結衣と言う本来の姿だ。


王子様の不自然な完璧さに何も疑問を持たない女。