揺らぐ幻影


「市井ならカラオケに一万余裕」

大声でぼやいたのは三人の中で唯一彼氏持ちの愛美で、

交際相手は中学から付き合っている男子校の同級生だ。

確か恋愛歌手の帽子の人に似ているなかなかの美形で、

初めて紹介された時に結衣は緊張してしまった。


そんな大層な恋人が居る女の子でも憧れる存在が市井雅だ。

彼は営業マンに向いていると結衣は勝手ながらに他人の将来設計をしてみる。

理由は新規客や顧客、老若男女問わず上手に愛され出世できそうだからで、

根拠もないただの空想なのだけれど。むしろどうでもいいのだけれど。


二股はビッチだと里緒菜が浮気は皆が不幸になる説の熱弁を始めるが、

結衣は略奪愛についてよりも、近藤を黙視することに懸命だった為、

持論パレードを前に愛美が自分に助けを求めるような相槌を打っていることに気付かなかった。


そしてまた、「市井ウチら予約済みだもんね?」と、ありがちなフリで里緒菜に肩を叩かれても、

空気を読まずにぼんやりしてしまっていた。



「彼女居たら最低」

揚句、上の空な呟きをしてしまっていた。

会話の流れ的に、『ですよね』か『私専用だから』が妥当なのだが、どうしたものか。

そんな彼女を除いた二人は目配せ合うと、ハテナと首をかしげた。

惚ける様子、目線の先に居る人、――誰がどう考えてもピンと来る状況を提供してしまう始末。

勝算ありと言わんばかりのボールが床を叩く音と、まだ諦めないと言う体育館シューズの摩擦音が ただただ流れていた。


馬鹿の一つ覚え、青いゼッケンが好きになりそうだ。

比べるほどもない自分よりも大きな手が、オレンジ色のボールをさらう。

いつの日か、その手を握って歩けたら……と恋する乙女らしく結衣は甘く妄想してみる。

こんな風に、片思いをされる側は知らないうちに登場人物にされている場合が多い。

無許可かつ出演料も払わないのが、監督脚本家の恋愛ビギナー田上結衣だ。


好きな人は九回シュートを決めた。だから結衣は最低九回ドキドキした。
本当は試合中ずっとドキドキした。

体育館がスタジオでありロケ地であり……好きな人の姿がいちいち映画の名場面に感じるのは何故。