揺らぐ幻影


推測なので真相は分からないが、きっと市井は結衣の心を手にしている。

好きだけれど秘密にしたがる気持ちを分かってくれている。

噂に怯えて行動が出来ないでいる感情を。


どこからか、B組の後列のあたりからだろうか、

携帯電話で着うた聞かせあいっこをしているらしく、やかましい音が鳴り響く。

愛がとか好きがとか切ないだとか運命だとか会いたいだとか、ダイレクトな歌詞が耳に留まり、

不意に最近の歌について、現国の先生が小言を垂らしていたことを思い出した。


直接的な単語を並べて内容が薄いと呆れる人と、ありのままで伝わったと感動する人が居る、と。

カラオケで盛り上がる流行り歌が好きなだけの結衣には、

特別好きな歌手はいないが、国語が好きなのでその話題に興味が沸いた。

例えば好きと歌うか歌わないか。

先生が言うには、単調なワードの羅列ばかりがヒットするのは、

含みや言葉遊びを理解できない若者が増えたせいだとかで、勝手に一人で日本の未来を嘆いていた。

そして、歌詞を読む大切さが失われているとご立腹していた。

なんとなく意見したい気持ちも分かるのだが、

凡人な結衣が考えて思ったのは、どっちもいいということだった。


感情移入したい時はストレートな言葉を望むけれど、

しっとりとしたい時には詩的な言葉回しを望んだりもする。

そもそも彼女は雰囲気でしか聞かないのだから、世相までをも読めやしない。

きっと歌を聞く際の自分の気持ち次第で名曲になるのだろう。


さしあたりレコード会社に勤務していないので、諸事情なんて分からない。

聞いて好きと思ったら好き、捨て曲と思ったら聞かない、単純だ。


  ……近藤くん私の着信音何にしてるんだろ…

  まあ一斉設定、だよね

自分の思い出にある曲が好きなだけだ。

もしも彼女になれたなら、一番好きな歌は、きっと近藤が一番好きな歌になる。

なんて素敵な発想なのか。
乙女心は糖度が高く、平常心の人との温度差は計り知れない。