揺らぐ幻影


実際はそんな意地悪なことはないのだが、片思い特有の被害妄想が働いた結果、

F組の女子から疎まれた光線を浴びせられた気分になった結衣は、

いっそ玩具は市井にプレゼントして、この場を速やかに去りたくなる。

愛美の所持品だとかこの際関係ない。

なんとなく、今の状況は『E組の女が市井を好き、狙っている』と誤解されている気がして、

非常にまずい、今後の女子高生ライフに支障が出るではないか。

このように高校生は同性に受け入れられなければ、なかなかヘビーな節があるんだとか。


「あー……と、おはよう、近藤くん、おはよ」

車で遊ぶ市井をいつまでも見ていると、勘違いのとばっちりを受けそうなので、

結衣は本能的に近藤に話しかけた。


「あ、はよー」

掠れた声色に強張った肩の力が少しだけ抜けた感覚がする。

好きな人に対して警戒なんてしていないのに、身構えてしまう原因は分からない。

誰か教えてほしい、大好きな男の子は特別過ぎる。


ゆっくりと持ち上がった彼の視線が彼女の瞳と交差した時、沈黙を終了させたのは意外な人物だった。


「知ってる? 雅さ、告白されて振ったら振られたことになってんの。青春らしく哀れんであげて?」

「うわぁ気の毒、お悔やみ申し上げます……」

言葉ではモテる男にありがちな理不尽な出来事に同情しながら、実のところ不謹慎に結衣は感謝していた。

なぜなら市井が玩具を奪ってくれたから、こうして自分が足を縫い止めている訳で、

市井が告白されてくれたから、こうして近藤と他愛ない話ができる訳で、

あらゆるすべてのタイミングに、結衣は大袈裟に感謝の意を込めた。


市井が故意に車を奪ったと察知できないのが結衣らしさと言えるだろう。


「えーでも結局あれだよ、美人な彼女。ラブラブなんでしょ。うーらやーましーてか、うざー、あはは」

好きな人に不意打ちで話しかけられたのに、普通に相槌を打てていた。

以前なら笑ったままフェードアウトするのが得意だったはずなのに、自分の中の小さな変化が嬉しい。

だんだん彼に慣れてきたのだろうか。

偏差値アップしたような気がして、結衣はあくまで勝手に自信がついた。