口なんて半開きで周りの目など構う暇なく、紙風船だけを夢中で見る。
透けた赤色や緑色がふわふわ空気中を舞っており、ステンドグラスを連想させ、なんだか童心に戻ったみたいだ。
楽しい、それだけで笑えた。
ちなみにこの作戦は、『いかに不思議ちゃんっぽいか』という幼稚な思考がテーマで、
男子はなんだかんだ天然がお好きな節があるため、
彼らの期待に応えてやろうと、無邪気だとか無垢だとか妹っぽさを全開に出したアピールのつもりだ。
正直、久々の紙風船にテンションが上がって、すっかり近藤のことは忘れていた結衣なのだけれど。
ただ仲良く、馬鹿みたいにゆるい紙風船を満喫する。
いつから遊びにお金がかかるようになったのだろうか。
幼稚園の頃はお人形一体あれば、妄想だけでお姫様やケーキ屋さんとなり愉しめたし、
ごっこ遊びなんてモロに空想で、資金も道具も何も必要なかった。
想像力さえあれば世界は無限に広がった。
しかし、いつしか街中で遊ぶようになり、カラオケやボーリング、
買い物ばかりをして空いた時間、休日を過ごすようになっていた。
それが大人なんだと思っていたけれど、自分は大人なんだと思っていたけれど、
何を得て何を無くしたのか。
明らかに幼少の遊びの方が――ああ、そこに気付いたらいけない。
年相応にとごまかさなくてはと、結衣は考え事を消し去った。
私って、
……お子ちゃま?
恋をした彼女は、まるで幼い子供だ。
近藤という人を空想して甘い恋愛を思い浮かべて……妄想は正にごっこ遊びではないか。
大人はしょうもないとか意味が分からないとか思うことが、
子供にとっては大事で楽しくて夢の世界で、
それが恋。
それが恋心に詰まったものだと理解した。
好きな人ができると、それしか考えられなくなる。
歳を重ねると他者や社会との在り方を計算して、変に気遣って、
女子高生みたいに無心になれなくなる。
難しいなと思った。
飛んだら追いかける、落としたら笑う、単調なことが貴重になるなんて知らなかった。
丸くて軽い、希望に溢れたお遊戯はきっと尊い記憶となる。



