揺らぐ幻影


こんな風に、結衣へ彼氏の有無を確認したのは、

社交辞令の聞かれたら聞き返すという無意味なやりとりに過ぎないのだろう。

例えば職場の苦手な先輩と二人きりになった際、気まずい間を埋めるために、

『センパイ彼氏居るんですか?』と尋ね、『居るよ、ナントカちゃんは?』みたいに決まりきった流れと同じなのだろうか。


けれど、結衣に恋人が居ないと近藤が知ってくれただけで、

今日のやりとりは、きっと明日愛美たちに見せたら十分に褒められるはずだ。


《彼女居ないんだ。かっこいいのに。私も居ない。彼女欲しくないの?》

《いやー俺背低いから、全然だめ。身長なんて関係ないから笑。意外、田上さん常に彼氏居ると。恋人は毎日ほしいです笑》


お世辞だろうに、恋に夢見るお花畑の国にいるお調子者の少女は、

『常に彼氏が居るんだと』というお世辞まがいな日本語を、

『常に彼氏が居るくらい可愛い子と思ってくれている』と、恋愛語で翻訳してくれていた。

するとどうだろう、たちまちドキドキして嬉しくなる。


アメリカ人は我が強いとか、ドイツ人はバカンスのことしか考えていないといった具合に、

つまり根拠がなく型に嵌めるなら、

何にでも大袈裟に喜べるのが お花畑の国の人間の特徴である。


《背なんか関係ないって。彼氏なんか居ない、早く恋人ほしいね》

《お互い頑張ろ。じゃ俺TV見るわ。バイバイ》


「……。」

テレビに負けたのかとか、彼氏欲しいアピールから逃げたのかとか、

お腹の中に嫌な気持ちが生まれる。


思考が極端だ。
浮かれたかと思えば落ち込んだり、ポジティブからネガティブへと感情の起伏が激しい。

さっきまで幸せに咲き誇っていたお花は、悲しみに萎れてしまった。

姉に言わせれば『ヒステリー女』だと引かれることだろう。


への字に下がった口角は、

《言い忘れ、メール全然いいから》

という一文を受信したことで、一気に矢印の向きを変える。


サイドテーブルに置きっぱなしだったホットココアはすっかり湯気をなくしていた。

舌の上でざらつく黒は非常に甘かった。

それが恋の味だとロマンチックに決めつけよう。


…‥