揺らぐ幻影


《全然いいよ》の五文字を打ってくれただけで、有り難くて堪らない。

まだ年明けの二月だけれど、『全然いいよ』が、今年の流行語大賞になるのではないかと予感するくらいに、

結衣は近藤が好きだった。
少々痛い感性が初恋らしいではないか。


《いっつも何時に起きる? 私チャリ》

入学式後に行う会話を真似て、当たり障りない言葉を選んでいった。

  返事きた、

  メール……始まったんだ

  、嘘みたい

  メール、してる

片思いの時はメールの主導権が相手側にあると断言しようが、恐らく八割の人間が納得するはずだ。

かみ砕いて説明するなら、例えば無視をされても、突然返事がこなくなっても、送信者は文句なんて言えない。

受信者の主観が自分の基準にしなければならないため、

貴重な時間を自分にくれているのだから、低姿勢であるべきなのだ。

だから結衣は毎回不安な気持ちで送信ボタンを押している。

ちょっとした一言で返事が途切れるかもしれないから。
彼に携帯電話を閉じられては終わりだから。


毛布をそろそろクローゼットに終おう。
ドキドキして興奮した身体には熱くて必要ない。

けれど、ボタンをいじる指先だけ冷えるのは何故。


《チャリ良いな。田上さん何時? 俺は六時半。地元分かるかな、隣市んとこの中央。とりあえず田舎、電車少ない。一時間半かかる》

受信する度に毛穴がいちいち開くような気がするし、息が止まるしで、

全くなんて気味が悪い女なのかと引く自分がどこかにいる。


そう、好きな人ができてから、なんだか結衣の性格が狂ってきた。

過剰に喜ぶしオーバーに心配するし、大袈裟に悲しむし極端に幸せがるし、本当に自分で自分が分からない。

近藤のことを想えば想う程、自分を見失うような気がして怖かった。

しかし、無駄に精神分析をするよりは、現状に没頭したいと結衣は決めている。

なぜなら、愛美と里緒菜が客観視してくれているので、

彼女がおかしな方向へ走り出した時は、直ぐさま止めてくれるからだ。

安心して好きな人のことだけに集中できるため、少女は素直ににやけていた。