……違う、
欲張りは言わないから、暇潰しでいいから、片手間でいいから、ながらでもいいから、
田上結衣とメールをしているのだと、彼の心に残ればいい。
例えば近藤が液晶画面に登録した結衣の名前を見て、
巻き髪でも電子辞書でもピンポン球でもいいから、何か田上結衣に纏わることを思い浮かべてくれたなら、
それは定番の幸せってやつだ。
甘い恋は酸っぱくてたまに苦かったりして安定しない。
この味を家で再現したいと思っても、凡人には不可能だけれど。
そう、瞬間瞬間で味が変わるのだ。
無意味なメールに、いつか意味が生まれるかもしれないのだから、たかが携帯電話だと馬鹿にしてはいけない。
《いやいや尊敬て嘘つくな。確かに玉葱めちゃくちゃ痛いよ笑、水ハネる。つまみ食いすんの? 時給泥棒》
《油に水は危険。私かぼちゃの天ぷら好き。近藤くんは? でも生クリーム絞るの職人級だから、力加減難しいから笑。任せて》
この際ニヤニヤして危ない変態な女でもいい。
こんなにも自然に唇が上がる出来事なんて生まれて初めてだし、
この先そうそうないだろうし、とことん大事にしたい。
《かぼちゃ美味しいよな。俺はかき揚げ? 一番めんどいから笑、味関係ないから笑。ならパティシエじゃん笑。そろそろお風呂入る》
気付けばもう十一時をとっくに回っており、近藤のメールも終わりの合図だ。
もう一時間以上……?
そんな時間経ったっけ
本当にあっという間だった。
ついさっきは七分を待つだけで、この世の終わりだと嘆いていたのに、
全くなんて彼女は気分屋なのだろうか。
自身に呆れてうんざりするが、決して嫌な気はしない結衣だ。
《ありがとう。メール楽しかった。おやすみ。バイト頑張ってね!》
《おやすみ》
好きな言葉を聞かれたら、単純な乙女はおやすみと答えるかもしれない。
日常生活で意味がないことは、あの人が絡むと壮大で尊い理由を持つ不思議。
例えば星が瞬くリズムは結衣のドキドキする恋心と連動していると、嘘を夜空に馳せてみる。
夢見がちな少女は瞳を閉じて、大好きな少年に会いに行った。
…‥



