揺らぐ幻影


握りしめていた子機が熱く低温やけどをしそうなので、右手と左手を持ち替えた。


『ありがとニコチャン、辞書も感謝ホシ、私バイト今日ないからゆっくりしたよ。近藤くんはバイトしてるハテナ

……で良くない? 堅苦しくなくー、どうですか赤ペン結衣先生〜』


最後の一言に笑いながら、恋愛に不慣れな結衣は愛美が推敲したままを打っていく。

好きな気持ちをメールの中の精密機械もキャッチするのだろうか。

それともダイレクトメールと同じ扱いなのだろうか。


どうか丁寧に届けてほしい。


「打った」
『じゃあ送れ』
「今何分?」
『受信してから十二分』
「じゃあ後三分待つ」
『うわ、一人前に小悪魔テク』
「違うー返事早過ぎたらガッつきすぎて気持ち悪いかなって」


今度は臆病な人格に付き纏われている。

そう、まだ彼と彼女は友人でもないし、きちんと話したことだってないせいで、不安はなくならない。

なぜなら、たかがメールの文章だけで、勝手に嫌われたくないからだ。

たかがなことは簡単なようで、一番難しいことなのかもしれない。

どうして他人がついていけない勢いで、オーバーに感情は動くのだろうか。


  メール。

  、メールしてる……

  凄い進歩だよね

今悩んでいるあれこれは、冬休み中の結衣からすれば贅沢な嘆きで、

あの頃の自分は好きで好きでどうしようもない想いを抱えていただけの暇人だった。


まさか関係を持てるなんて考えてもいなかった。

憂鬱の象徴、ため息には、実は幸せ成分しか含まれていないのかもしれない。


好きな人のことばかり頭の中を占めるなんて、有意義なことではないか。

思案する間、愛しの彼を想えるなんて幸福ではないか。


ただの携帯電話、学生が依存する携帯電話、結衣がどこかで馬鹿にしていた携帯電話、

もうぞんざいに投げたりなんかできない。


  返事きますように

  ……引かれませんように

祈って何かが叶った試しはないが、祈れば心が気持ち楽になる不思議。


そうして、出場者は一人だし、開催されていることを日本国民の誰ひとり知らないが、

自己愛少女による時計にらめっこ大会が秘かに始まった。