揺らぐ幻影


落ち着けば分かることが、ちっとも頭に浮かばない。

所詮たかがメールなのだ。

母親からのメールを読んだまま八時間放置することもあるし、

中学の友人から一日置きで返事がきても何も思わないのに、

なぜ好きな人だと送信ボタンを押した瞬間から『どうしよう』と嘆き、連絡を待てないのだろうか。


普段は返信が早い人を愛美たちとノリで暇人だとか携帯依存野郎だとか揶揄していたのに、

まさかそこに自分が属するなんて、不名誉でしかなかった。


  近藤くんって。

  私ん性格でたらめにする……

メールごときで不安になって切なくなって、これでは典型的などうしようもない人になっているではないか。


愛美が大丈夫だとさっきから何度言ったかさえ分からない。

『だいじょーぶだってばー!』

語尾の上がったあっけらかんとした口調は、耳の中にゆっくりと浸透し始める。

仕事中なのかも、お風呂に入っているのかも、ケータイを部屋に置きっぱなしにしているのかも、

と、友人が喋るどうってことないありきたりな流れは、

今の結衣にとってはカウンセラーに似た言葉に思え、

次第に迷える暗闇から救ってくれる言葉の手となった。


そう、普通に考えて、これが好きな男子でなければ、返事が何時間後に来ようが何も思わないのに、

好きという気持ちは思考を狂わせるらしい。

ドライな結衣をベッタリ粘着質な女子に変えてしまうのだから、大変厄介である。


『つか初メールにきもいも何もないじゃん、あんたまだ他人じゃん。向こうはあんたに何の感情ないから』

「……そう、かなー、?」

少しだけ平常心を取り戻した結衣は、ゆっくりとベッドに腰掛けた。

自分の部屋なのに、恋をした目で見ると知らない異空間に感じられる不思議。

ここにあの人は居ないのに、勝手にドキドキしてしまう。


例えばサイドテーブルの上にアイマスクを置くのではなく、

お花を飾れる女性になれば、この恋はうまくいくしかないのだろうけれど、

あいにく生活感どっぷりの彼女のそこには、飲みかけのコラーゲンドリンク剤がある。

これが結衣のらしさであり、人間性の象徴なのかもしれない。