揺らぐ幻影


左手に携帯電話、右手には『頑張れ結衣』と聞こえる家電の子機、

これぞ現代的な二刀流だ。
平成の世の中では、最も頼もしい武器と戦術に違いない。


おかしいくらいに手が震えた。

近藤はこれからメールのやりとりを行う相手が結衣だと思っていない。

E組の大塚のクラスメートの他校の友人がアドレスを交換したがっているだけだと思っているが、

全てデタラメで真実は何もない、それが偶然奇遇作戦のトリックだ。


浅い人生を振り返るも、連絡先を交換することは社交辞令の一貫で、たいした意味なんてなかった。

初日のアルバイト、クラスがえの日、

初めましての後には決まって赤外線で簡単に交信することに何の重みもなかった。

『とりあえずケータイを』が、ある意味マナーだった。


加えてお互い交換したものの、ちっとも仲は深まらなくてメールアドレスの変更や、

機種変更の時にしかやりとりをしない登録したままのメモリーだってある。


――それがどうだろう。


  夢、みたい

長細い液晶に浮かぶ文字は近藤洋平 。

その中心の密度が黒い四文字だけで、大好きな彼の顔が瞬時に浮かぶ。

ピっと立った耳、寄り目がちの瞳、少しだけ白い肌をした片思い中の少年。


全く接点がない他人だったはずの近藤洋平の名前が、確かに結衣の携帯電話に登録されている。

これは夢なんかじゃない。


花柄のカバーがお気に入りの布団から顔を出し、子供のようにベッドの上に立ち上がった。

足に力を入れて辺りを見渡せば、

なんだかてっぺんを見せる家具たちが小さく感じ、この部屋を支配する女王様のように思えた。


これから先、指先で簡単に全てを思うままに操れるような気がした。

それは平成生まれのゆとりによるケータイ世代を代表する錯覚なのだろうか。


そう、携帯電話さえあれば、田上結衣は田上結衣であって別人になれるような危険を含んだ魔法。


だから、きちんと地に足をつけて歩いていたい。

繋がりは機械ではなくて心であってほしい、そんな戯言がきっと三流の美徳だ。