揺らぐ幻影


くじけてこの場から去るのは簡単だ。
その判断に特別問題はない。

しかし、何事にもタイミングは重要で、一瞬一瞬に行動を起こさなければ、

後からあの時ああすれば良かったと悔やんでしまう。

チャンスは一度きり、世間でよく語られる話ではないか。


そもそも結衣はネガティブに悩むことは嫌いだ。

だから、きっと十分後の自分は『近藤に話しかければ良かった』と、心残りに愚痴愚痴するのは耐えられない。

どっちかというと、ポジティブガールだと自負しているくらいなのだ。


こう思った。
ため息をつくことは楽、頑張らないから後悔するだけ、それは甘ちゃんだ。

わざわざ進んでマイナス方向に歩きたくはない。

つまり、結衣が好きな人に背を向ければ、そちらはバッドエンドな未来な訳だ。


  ……。

首からぶら下がったウサギのお財布を人差し指で撫でてやる。

愛美と里緒菜、応援してくれている人が居るなら、期待に応えたいじゃないか。

肺を膨らませるつもりで深く息を吸うと、心の中に透明の勇気が生まれた気がした。


後は近藤に挨拶をしに走ればいい。


なんてイージーなのか。
きっとクリアできるはずだし、今を乗り越えたならレベルアップするはずだ。

次のステージに進出できると思われる。



「おはよ市井くん! お姉ちゃん美人って本当?」と、

気付けば市井に話しかけてしまっていた。


「……うん?」

そして少し驚いた顔の王子様に、失礼ながらに結衣は心の中で舌打ちをした。


そう、ありがちなのは意中の彼の友人には簡単に声をかけられるのに、

肝心な当事者には、なかなか言葉を与えられないこと。

セオリー通り、近藤をシカトし無関係な市井に接近してしまったのは当然結衣だ。


  あーぁ、

逃げずにアクションを起こしただけ確かに偉いのだけれど、

『おはよう近藤くん、付き合ってる人居ないって本当? 可哀相な仲間だね』と、なぜ軽く言えないのか。


ぜひ購買で勇気を買いたいものだ。
どうして彼女には、こんなにも底力がないのだろうか。