揺らぐ幻影


新聞を取りに行った時に挨拶をしたら天気の話を前フリに、

井戸端会議を始めるマンションのおばさんを尊崇しようと思う。

彼女たちの挨拶から他の話を繰り広げる絶妙な間や、

相手を自分のペースに巻き込む最初の一声を真似できたなら、

近藤とお喋りをできるのだから、

結衣は近所の多分母親の年齢プラスうん十歳ほどのおばさん連中を、見習おうと決めた。


近藤発信の声をもらえるなら何だってする。


先程の掴みは小銭入れでオッケーだったはずだ。

『これ可愛くない?』なんて言えば話は弾んだだろう。

本当は近藤から挨拶の後すぐに『キラキラしすぎ』と、イジってくれたらと願っていた結衣なのだけれど。


お喋りが巻き起こる教室は何デシベルなのだろうか。

好きな人と会話のキャッチボールがしたかったと、結衣はため息をついた。


だから――……

『田上さんめっちゃ光ってんね、三人仲良すぎだろ』

なんて、大塚から小銭入れを切り口に話しかけられても、

ちっとも嬉しくなんてない訳だ。

全く心に響かないし、まず中まで届かない。

  なんで大塚が気付くのー

  コイツがぽこりんならいーのに

  あーあ。無意味

「あはは、まあね。んー、おーつか君にはあげないからね?」

好きな人以外には素っ気なくなってしまう。

バックを机にかけてすぐに廊下の窓を開け、彼に背を向けた。

思わせぶりに媚びるよりはマシだろうと自分に都合良く考え、自己完結させるも、

それでもやはりちょっと意地悪だったかもしれないと不安になり、

フォローのつもりでワガママだったかなと 大塚に笑いかければ、

隣人は真っ赤になってしまった。

熟れすぎて表面が裂ける夏の日のトマトのように。
こちらが恥ずかしくなるくらいに。


その理由を理解するのは、なかなか恋愛ビギナーには難しい。

従って、内心、女慣れしてないって不憫と結衣は少年に同情したりなんかする。

いつだってその他大勢の男子には上から目線になるのが、片思いに律儀な女子の生態だ。