揺らぐ幻影


いざ好きな人を目の前にすると、喉の内側が渇いて息をするのがやっとで、声なんか出やしない。

スカートの裾を両手で引っ張るだけで、結衣は精一杯だ。


本当は彼女だって、ここは欲張らず社交辞令でもいいから少し会話を重ねたい。

なんだっていい、『英語難しいよね』、『お昼の次は眠いよね』と、

意味がないお喋りも、しないよりはした方が良いことくらい分かっているのに、

なぜ友人と話している時のように、舌は動きやしないのだろうか。


中学の男子と遊ぶ際は、平気で無駄話を叩けられるのに、近藤を目の前にすると無口になる不思議。


  も、やだ

逆ギレを許してもらえるなら、彼が話題を提供してくれないことが結衣は嫌だ。


ちらりと黒目を動かしてしまえば、おだんごヘアの可愛い娘や、まつ毛エクステの美人な姐御や、

他校のリボンをしているお洒落な子――女子生徒が結衣の方をジトジトと睨んでいる。


なんて、単純に他クラスの存在が珍しいから見ているだけなのに、

このように被害者ぶってしまうのが、片思い心理の一因だろう。


ひしひしと感じる視線は殺伐としており、そのような思い込みの激しさから彼女らを悪者に仕立てあげたせいで、

余計に居心地が悪くなり、結衣は辞書借り作戦の最後の切り札である一言を口にしてしまった。

全く、どうして彼女のような恋愛ビギナーは女子全員敵説を主張してしまうのだろうか。

冷静になれば、服コのお女中たちに意地悪な含みなんてないというのに、

自信がないから、皆が怖くなる。



「私っなんか頭良くなったっぽい! お礼! 食べてね」

合言葉となるお礼の一言を。


近藤の手には風船ガムが四つ入っている二センチくらいの四角い箱が乗せられていた。

自分の手にあった時より小さく感じるのは、彼が男らしい手をしているせいなのだろうか。


ドキドキさせる罪な人。
一秒目が合うだけで、彼の無意識な力強さに骨抜きになってしまう。



マヌケに「イチゴ味!」と商品の説明を添えた。

動揺すればする程、あわてふためく姿が愉快で、F組の生徒たちの注目を浴びるなんて発想はないのが、

自意識過剰な結衣という責任転嫁が得意な学生だ。