通勤電車は甘く切ない時間

「お~郁人。ギリギリやぞ」
そう言ったのは、元(はじめ)。

俺は、返事もせずにボ~っと自分のデスクに向かう。

「…って!お~い!郁ちゃん、無視しないで♪」
元は、俺に付いてきた。

「……何?」
俺は、心ここにあらずで元に言った。

「いやさ~最近、15分前には会社に着いてたのに、今日はギリギリだったじゃん。何かあったのかと思って♪」

こ憎たらしい眼で、俺を見てくる。

元と俺は、大学からの付き合いだ。こいつは、妙に感の良いやつで、俺の今日の変化にも気付いたようだ。

だからって、俺は彼女のことを話す気はない。
なんとなく彼女のことは、誰にも言いたくなかった。
俺の心の中だけで、留めておきたかった…
って、俺どれだけ乙女なんだよ。本当、らしくない。

そんな俺に、しばらく元は食いついて離れなかったが、諦めて自分のデスクに戻っていった。