平日正午の茶餐厅。

私は浩賢に呼び出されて、

今日も彼のランチに付き合う。

浩賢は私の前職である

船会社の香港エージェントで

地上スタッフをしている

2つ年下の私の友達だ。

私は、浩賢からの電話で

朝の10時に起こされて、

その私の電話の話し声で、

知子さんを起こしてしまった。

広東語で話すと声が大きくなる

私の悪い癖のひとつだ。

香港人たちの声もばかでかいので、

これは広東語という

言語そのものがそういうものなのだ

としか思えなかった。

私は2年も香港にいるのだから、

『香港の事を良く知っていて広東語ができるんだね。』

と勘違いされる事が多かったが、

私の知識にはものすごく偏りがあった。

例えば

浩賢からかかってくるような

待ち合わせなどの

簡単な内容の電話に対しては

問題なく対応できた。

日常を生きる上で

最低限必要な単語、

5W1H

あまり知らないほうがいいと

いわれるような汚い言葉なら

知っていたが、

実はそれ以上の会話はできない。


発音も複雑な広東語だけど

私はそういう事は何一つ考えず

音で聞いて覚えて喋る。

広東語の

情緒も悲壮感のない

騒音のような声音は

どことなく大阪弁に似ていて

憎めない。

私の広東語レベルも低いが

浩賢の英語はBe動詞が間違っている。

amもareもなく全てがisになる。

この間違いは彼だけではないので、

高卒レベルの香港人全体に

共通して言えることかもしれなかった。

そんな私と浩賢が

話をする時

香港訛りの

彼の文法をベースにした英語に、

時々広東語を組み合せ、

それでも分からない時は

筆談に切り替えて

意思の疎通を図るというもので

それは他のどこにも存在しない

彼と私が作り上げた

オリジナルの言語みたいで

私はその言語を喋ることも

彼の低い声を聴く事も大好きだった。