そのひとは私の何だったのだろう、5本の指で額に貼り付いた私の髪を丁寧にとかして、逆の手からはいつもの金額より少し高いお代が降ってきた。

「…足洗う、って言ったら可笑しいわね、もう身体なんて売るものじゃないんだから。高校でまともなバイトでも見付けなさいよ?」

「ん、アリガト」

「じゃあね、運が良かったと思いなさい、お幸せに」


 その通りなのかも知れない。依存して執着して崩れるより、今日、此処で、高校入学というライフイベント…節目でスッパリこんな関係は切った方が良いのだろう。

 そんなことを考えながらぼうっと閉まりそうな扉を眺めていたのだけれど、私はどうにもこの転機にあたって大切なことが欠けているような気がしてならなかった。

 私はその場で出来る限り大きな声を出した。きっと明日には声が完全に消えるだろう。


「…っ、待って!」



 閉まり掛けた扉の動きが止まる。私は精一杯、──最早そのひとに見えていないのは重々承知で──笑ってやった。


「ちゃんと男と結婚して幸せになりなよ!」





 きちんと閉まった扉の向こう側で、息を漏らすようなそのひとの笑い声が聞こえた、そんな気がした。