「例えばの話だから」
うん、わかってる。
例えばの話だってわかってる。
「もし俺が結婚したら奥さんには俺の子供を生んで欲しいと思う」
「うん……」
これは例えばの話なんだ。
そう自分に何度も何度も言い聞かせた。
「妊娠初期ってさぁ、妊娠したことに気付かない人もいたり、風邪に似た症状なんだって。だから妊娠に気付かないまま風邪だと思って、藤井みたいに鎮痛剤を飲んだり、風邪薬を飲んだらどうなると思う?」
私は首を左右に振った。
「流産したり……もしくは奇形児が生まれたり……。全部が全部そうなるとは限らないけど、でも薬の影響は少なからずあると思うんだ」
「うん……」
「主旨の違う話をして随分と遠回りしたけど、俺の言いたいことは、そのことだったんだ。藤井に鎮痛剤をなるべく飲まない方がいいって言ったのもそのため。鎮痛剤ってクセになるんだよ。また同じことを言うけど、薬に頼らなくても治る方法はあるから……。まぁ、そういう事だ」
「うん……」
妊娠や避妊の話。
先生は妊娠させたことないって言ってたのに、何であんなに妊娠や避妊にこだわるんだろう……。
薬の影響が心配だから?
ふと、先生が見せた切なく悲しい目を思い出した。
先生が描き続ける空の絵と何か関係があるのだろうか?
先生は過去に何かあったんじゃ……。
私は膝を抱え、流れる川を見た。
先生はタバコを灰皿に入れると、再びスケッチブックを持ち、絵の続きを描き始めた。