「おい、お前冗談だろ? 今日は酒が飲みたいって来たのはお前だろ、雷志【らいし】」

 カウンターから出てきた、ガタイのいいラフな格好をした男が、青年の後方の席から両手を広げて話し掛ける。片手に持っていた注文のあったビールジョッキは、細かく震えているように見えた。

 その男の目は店内にいる客共々、明らかに泳いでいて動揺を隠せない。

 時間にして、5秒もあっただろうか。とてつもない時間、空気が凍り付いたように思えた。

「お…おい、何だよ、そんなになる程呑んだのか? ん?雷志」

 見知った男なのだろうか、別の場所に座っていた男も、明らかに動揺した声で話し掛ける。

 雷志は両手で髪の毛をガシガシとかき混ぜる。

「そっか、俺、雷志って言うんだったか…」

 その瞬間、店の空気全体が凍り付き、沈黙が続いた。

「…は…はは…は……う…嘘だろ雷志? お前、酒を飲み過ぎただけ…だろ…?」

 凍り付いた空気を溶かそうと、声をかけてきた男は席を立ち、雷志に近寄る。

「ほ、ほら…水でも飲んで…早く酔いを醒ませよ…。なっ?」

 カウンターにいる店員に水を持って来てくれと声をかける。
 その後、ポンポンと軽快に雷志の背中を叩いたが、雷志の困ったような表情は変わらない。