桑名昌人の住む町には御宿穴という洞窟がある。

この洞窟の名の由来にはふたつの説があり、ひとつは戦国時代に城を焼かれた領主が逃れ、一時的な避難場所として宿を取ったという説と、もうひとつは戦時中に壊滅的な食糧危機に瀕した際、口減らしのためにやむなく老人をこの洞窟に捨てに行ったことから御宿穴と呼ばれるようになったという説もある。

それを裏付けるのか、終戦後の昭和24年に御宿穴内の捜索をおこなった際、数体の人骨が発見された。

しかし、この人骨の遺族は名乗り出ることはなく、家を失ったホームレスが御宿穴を住居代わりに使用していたということで処理をされたが、いつの間にか御宿穴の洞窟前には大きな鳥居が設置され、そして鳥居と御宿穴の中間には小さな地蔵が一体祀られていたことから、遺族の誰かが設置したものかとも窺えた。