佐伯さんを追い返すことに成功した紫水は、渡された道具――爪やすりを用いて私の爪の手入れを始めた。

その動きにぎこちなさはまったく感じられない。

きれいに爪の形を整えていっている。


この人、普段は絶対にこういうこと自分でしなさそうなのに……。

上手である意味がわからない。


まあいい。

今はそんなことより、目下最重要課題であるこの体勢をどうにかすべきだ。


顔近い!!

なんか身体がムズムズして居心地悪い!!


『ねえ、紫水?』


「うん?」


努めて、些細なことであると認識させるように軽い口調で切り出した。


作業に没頭している紫水に流れで“うん”と言わせる。

それが私の狙いだ。


『最近仕事忙しかったよね?』


「……うん」


顔を上げることも手を止めることもなく、紫水は答える。


よし、この流れで。


『そろそろ放して?』


「……暴れない、逃げないって誓うなら」


目論見は外れて。

紫水から帰ってきた答えは、期待を裏切るものだった。


いや、ある意味では期待を大きく上回っているかもしれない。