父が お遍路の旅を終えて
帰ってきた頃、、、

”免罪符がほしかったんじゃないの、、”

という ぼくの憶測に

弟も ”確かに 免罪符かも、、”と言った。
でも その意味合いは  死んでからの極楽への招待券、、、、

違うんだ。 ぼくの言う”免罪符”は
生きていく為の自虐からの脱却、、、、、

”母の他界後 特に目立つ異常行動ともいえる
リフォームやら、散財の加速化の
裏にある懸念所以の苦しみから
逃れるための免罪符なんじゃないの?”
 そういう意味だったんだ。

死に行く先の事のためだけに 散財して 
北海道から、 弘法大師の足跡を訪ねて
わざわざ 四国まで 行くだろうか。

あくまでも 生き残った寂しさを
紛らすだけの旅程でも
免罪符を 手に入れることが
できるのだろうか。