あの日、樹は病院から聖夜を連れ出すと、そのまま空港へ直行した。
以前からオファーのあった、カナダの研究所で研究員として働くことを即決したのだ。
兎に角、この場所から、この日本から離れなければならない、と樹は思った。
パスポートは既に取ってある。
荷物は後から何とでもなる。
時を逸しては、状況は悪くなるばかりだ。
強く引き合う二人の魂は、離れた途端、崩壊し始めたのだ。
崩壊は、即ち、心の死を意味する。
なんとしても、それだけは食い止めなければならない。
「聖夜、僕の声が聞こえているなら、この手を握り返してくれ……」
祈るような気持ちで、聖夜に寄り添った二週間目の朝、樹の問いかけに聖夜の指が僅かに動いた。
聖夜の目から、一筋の涙が零れ落ちた。
それは、聖夜が生きようとした証。
現実をとらえ始めた証拠だった。