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「いっちゃん、さくらんぼあげる」
里香はやっぱり純粋だ。あんな奴に汚されてたまるか。

私は、大人しく口を開ける。
里香のポニーテールが小さく揺れた。
そして、私の口にさくらんぼが投下された…………と思いきや。

ガチ、という空を噛み切る音が虚しく響いた。
思いっきりぶつかった歯と歯が痛い。
目の前には、まさに悪戯が成功したという無邪気な笑みを浮かべる里香。

「りーかー?」
「やったね私! 大成功!」
「よこせさくらんぼっ」
「ああっ、マイチェリー!」

里香の右手からさくらんぼを奪い、口にする。
口の中に甘味が広がった。
そして種を空となった弁当箱に吐き出す。

「……あんた達、小学生じゃないんだから」
「おかーさーん! 樹がいじめるー」
「待ってくれお母さん。これには訳が」
「誰がお母さんよ馬鹿!」

眼鏡にロングの彼女はお母さん……間違えた。同級生の大野育恵。
あだ名は「お母さん」。因みに以前のあだ名は「デコ」だ(主に髪型)。

基本、私達はこの三人で絡んでいる。
本当はあと二人いるのだけれど、その二人は別のクラスだから会えない。
名前は、高橋夏実と葛原市子。
あだ名は「夏みかん」と「いちご」だ。
命名は里香。むしろあだ名を全て命名したのは里香だ。

「うわ」
「どうしたの」
「汚物が手振ってきやがる」

お母さんの問いにそう返すと、ため息をつかれた。
いや、実際にそうなのだから。
汚物……古賀相馬がこちらに手を振っているのだ。
窓の下から。おい手前飯はどうした。
勿論、対象は里香。
食事中に見せる訳にはいかない。カーテンを閉める。
一日中、戦争は続く。