「……いいの?殴らなくて」

ただ涙を零しているだけの私に、佐山君は小さく苦笑しながら聞いてきた。


……殴るなんて、そんなことできるはずがない。

「殴れっ…ないっ…」

首を振り、声を絞り出しながら答えた。


「勝手にキスしたのに?最低な男だよ?」

「いいっ…もう、いいっ…」

「いいの?」

「いいっ…、……あの時のっ、借りを返したことにするっ…、早退を、協力してくれた時のっ。……それで、いいことにするっ…」


なかったことになんてできない。きっと、忘れることもできない。


でも、殴ることなんてできないし、許せないという気持ちもない。

だから、あの時の「貸しイチ」を返すことで、自分をそう納得させるしかない。

もう、それしかない。これ以上考える心の余裕もない。



「……そっか」

「だからっ…、もうっ…」

「うん、分かってる」


私が言うよりも先に、佐山君は穏やかに言葉を続けた。


「これでもう、本当に最後にする」

「うんっ…」

「明日からは、ただのクラスメイトに戻るから」


ただの、クラスメイト――…

その言葉は少し悲しくて寂しさを覚えてしまうけど、そんなことを言う資格は私にはない。


それは、私が望んだことだから…。

ゆっくり、小さく頷くと、佐山君は穏やかに微笑んだ。