これは冗談なんかじゃない、と分かるほど佐山君の目は真剣で。

その瞳に囚われたまま、逃げられない…。

ただ、私は佐山君に何と言えばいいのか、どう対応すれば正解なのかが分からない。



「えと、…えと……」

混乱したまま、目の前の佐山君を見つめていると、次第に涙腺が緩み始めた。

じわじわと涙が溢れてくる。

決して悲しいからではなく、ましてや、嬉しさからでもなくて、ただ単にパニックになっているだけだ。

そんな私の様子に、佐山君も驚いている。


「ぅわっ!ご、ごめん…っ。やっぱり困らせて…」

「ち、違うの…勝手に涙が…」

頑張って涙を引っ込めようとするけど、私の意思じゃどうにもならなくて…。


すると、佐山君は遠慮がちに私に手を伸ばし、そっと涙を拭ってきた。


思わず、ビクッと体が固まる。


「ごめん…。でも、今言ったことは、考えて欲しい。もし、原田さんの心に余地があるなら、久世と別れて、俺と付き合って欲しい」


目を見つめながらハッキリと言われ、ドクンと心臓が脈打った。


「佐山君…」

「返事は今じゃなくていいから、ゆっくり考えて」

「あの…」

「そういうことだから……じゃ」


そして佐山君は私から手を離し、すっきりした様子で立ち上がった。


「時間とらせてごめんね?お昼、久世と約束してたんでしょ?俺もう行くから」

「佐山君…」

「じゃあね、原田さん。まぁでも、午後の授業ですぐ会うけど」


そう言って笑いながら、佐山君は視聴覚室から出て行った。


私はその背中をただ見つめることしかできなくて、ポケットの中で震えている携帯の着信に、気付くことができなかった。