井上先輩は安定して速い、とは言え、それは他種目の選手として、との事。

 専門にしている同学年、ましてやリレーに選ばれる程のレベルと比べれば、差があるのは致し方ない。

 さっき村山が唯一抜かれなかった7コースと抜きつ抜かれつ、そこだけ見れば好レースを繰り広げている。

「こりゃ抜かれるかな」

「どうして? 先輩、頑張ってるよ」

 頑張れば抜かれない、ならば、抜かれまくった村山は何も頑張っていないんだな。

「井上先輩はクイックターン下手だろ。村山よりマシだが」

「……一言多くない?」

 村山を比較対象とした方がわかりやすいじゃないか。

 と、レースに目をやると、50mターンに差し掛かっている。

「あれ?」

 いや、それほど驚く事ではないのかもしれないが、今の今まで話していた事が無になった。

 7コースはクイックではなく、タッチターンをしていらっしゃる。

 そりゃクロールはクイックターン、と決まっている訳ではないが。

 当然、下手とは言えそれなりにクイックターンをこなす井上先輩の方が早い。

「ほらほら! 彼は僕よりクイック下手なんだよ!」

 喜々として言う村山だが……。

「そのレベルで喜ぶ自分に、恥じらいはないのか?」

 結局ターンの差が効いたのか、井上先輩は7コースに身体半分の差を付けてタッチ。

 続いて飛び込む兄北田。

「あかん、今日はイマイチやわ」

 プールサイドに上がると同時に、井上先輩は首を傾げた。

「でも最下位にならなかっただけマシですよね」

 原因となる村山をちらっとみながら言ったが

「ああ。村山が何とかふんばったんやでな。必死やったわ」

 ……えと、これは俺の考え方が間違ってますか?

「北田ならそうそう抜かれる事もあらへんし、ゆっくり見物しとこか」

 そう言って井上先輩は後方に下がり、プールサイドに座り込んだ。