彼女の目はもう何も見ない。何も映さない。
真っ直ぐにキッチンへと向かい、躊躇いもなく包丁を取り出す。

薫は気付いていない。

勢いよく振り下ろしたその先は、届く限りに引き寄せた左の羽根へ。

「あああぁぁぁぁぁぁ!!」

激しい痛みに堪えられず、喉が切れる。
声に気付いた薫がキッチンへと向かった時には、既に絵美の手には包丁は無く、背中の戸棚に力無くもたれ掛かる彼女の姿。

ずるずると床にへたりこんだ絵美を抱え、傷が無いかを必死に探す。

制服は血に染まり、辺りの床は血で滑りやすくなっている。

「何処?何処を切ったの?羽根なの?」

必死で傷を探すが見当たらない。血液の溜まっている左の羽根を見ても傷はない。

薫はぽろぽろと涙を流して気を失った絵美の体を抱き抱え、着替えさせ、寝室に連れていく。

丹念にホットタオルで綺麗に体を拭いてゆく。

「死ねないのよ。天使はどうしたって死ねないのよ」

薫の頬を伝う涙が一粒、絵美の頬へ落ちた。