しかし、吉良邸に討ち入るにも吉良邸の絵図面(今で言う見取り図のようなもの)がないと吉良邸に入る事が出来ないため、拙者達はその絵図面を探しておるのだ。 そして、吉良方からの情報収集がてら、こうして吉良邸裏門近くに小間物屋を出し、同じ藩士の神埼与五郎 則休(カンザキヨゴロウノリヤス)と二人、名前を変えて生活をしておるのだ。 則休は善兵衛と、拙者は、幼名を使い九十郎と名乗っている。