ただ闇雲に走った。どこをどう通ったかわからない。見慣れない道、知らない街並み、気づいたときには一度も来たことのない通りに出ていた。慣れない運動にカラダ中が脈を打つ。呼吸は乱れ、背中を伝う季節外れな汗を不快に感じた。

「……沙耶ちゃん」

 のろのろと振り返ると、薄暗い道を山内さんがこっちにゆっくりと走ってきていた。

――分かってたのに……。そこで初めて落胆してる自分に気付く。
 翔梧が、追いかけてくるはずないのに……。
 何にショックを受けてるかもう分からない。可愛らしい彼女もいて、綺麗な遊び相手もたくさんいる、彼に? その奔放な美しさや若さに? 何もかも今さらなことだ。分かりきってたことなのに。私なんて、彼の玩具の一つに過ぎないということは。
 実貴も忠告してくれてた。その上で関係を続けてたんじゃないの? 答えのでない堂々巡りに、虚ろなココロがもがき苦しんでいた。

「……大丈夫?」
 暖かい手が再び私の手引く。されるがままに歩いていく。私のカラダは痺れたように何も感じていなくなっていた。

「ここ、座って」

 目の前の小さなベンチに促される。

「はい。これ飲んで」

 いつの間に買ったのか、暖かい缶コーヒーを手渡された。六月半ばの夜はまだ少し肌寒い。汗が夜風にさらされて冷えてきたカラダにじわりと広がる温かさ。

 現実に引き戻すには十分な温もりだった。

「……ごめんなさい……私」

「謝らなくていいから」

 こんな時にまで柔らかな、優しい声に鼻頭がつんとする。

「……実はさ、この合コン。俺が頼んだんだ」

「ーーえ?」
 
「お店で、君が接客してる姿を見かけて。一目惚れ。無理言ってセッティングしてもらった」

 言葉が見つからなかった。一目惚れ。そんなことを言われたのは初めてだ……まるで他人事のように考える。

「……もしかして、好きな人が、いる?」