「何そんなに泣いてんの?」

 後ろから翔梧の低い声が聞こえた。傘を打ち続ける大粒の雨の重く大きな音が耳につく。その抑揚を抑えた声からは彼の表情は読み取れない。空気を伝わって背中に感じる二週間ぶりの彼の体温。

「……何でここに?」
 
「沙耶が言ってたんじゃん」

 私の問いに、迷いなく答える翔梧。確かに今日、お昼ごろ電話で話した。

『二週間おつかれ』

『ありがとぉ』

『今日は、何してんの?』

『二週間分の汚れの掃除。……あと、夜は……友達と駅前で会う予定だよ』

『ふーん。そっか』


 だから、明日会おう。確かそう言ってたはず。なのに……なんで。なんでこんな時、こんなタイミングでここにいるの? 雨と涙で汚れた顔を見られたくなくて振り向くこともできない。

「友達って……誰?」

 反射的に肩が揺れる。誤解されたくなくて答えに迷ってしまう。

「なんで黙ってんの?……俺に言えない相手?」

 静かな怒ってるような声にますます答えられなくなる。
出張中、翔梧とは豆にメールして毎日電話してたけど、一度も出ることのなかった山内さんの名前。