「席に行こうか?」
背を向けさっさっと歩き出す翔梧。え? 席って!? もう、頭が回らない。慌てて身を翻したとき、足がもつれた。
「ま、待って……あ、きゃっ」
慌てて手を伸ばし体を支えようとするけどその手は空を掴むだけ。倒れる私を絶妙なタイミングで翔梧が受け止めてくれる。
「あ……ご、ごめん!」
いつの間にか振り返っていた、翔梧の反射す神経に感心しながら見上げると目の前に長いまつげ。熱い息。
「わざとやってる?」
「ちがっ……」
クールに響く声が降ってきて、上ずった声で言い返した。すぐにカラダを起こそうと翔梧の胸を押すけど、腰に回された手に力が込められる。
――え?
見上げた翔梧の口は、まだ何か言いたげに開いていていた。
――何?
次の言葉を期待する。少し汗ばんだ翔梧の温もりに、幾つもの夜が頭を過る。最後の、あの夜も。怖くても愛しくて忘れられなかったあの日々。
なぜ? あの日いなくなったの?
なぜ、今ここにいるの?
車内の扉が開いて、ハッとした。振り返るとサラリーマン風の男の人が携帯を耳に当てたまま出て来た所だった。翔梧の回された腕が離れる。
「行こう」
問いかける間もなく腕は解かれ、見えるのは背中だけ。一瞬、ぎゅっと寄せられた眉は切なげに見えたのは、私の気のせいだったんだろうか。


