そう言った綾香に、森藤は特に何も言い返さなかった。

チンと、エレベーターが到着したことを告げた。

扉が開いたのと同時に、綾香はエレベーターに乗った。

「あのさ」

その瞬間、森藤が口を開いた。

「俺、彼女と今年の秋に結婚することになったから」

そう言った森藤に綾香は、
「――そう…」
と、一言だけ返した。

「それだけ言っておきたかったから、じゃ」

森藤は綾香の前から立ち去ろうとした。

「乗らないの?」

そう聞いた綾香に、
「階段で行く」

森藤は答えると、今度こそ綾香の前から立ち去った。

彼の後ろ姿を見送ると、綾香は「閉」のボタンを押そうとした。