「あなたには、もういらっしゃるの?」
「え…?」
「あなたをお姫さまにしてくれるような人」
そう言いながら、谷本さんは、少しだけ微笑んだ。
その意味はすぐに分かった。
‘お姫さまになりたい’
それが、舞さんが抱いていた純粋な心だったから。
「私は……」
返事の言葉に詰まった時、ふと頭に浮かんで来たのは、委員長の姿だった。
お互いに、心に傷を持ち、それを通じて打ち解け合った私たち。
だけど、その先には、まだ進めそうにない。
すると、俯いたままの私に、谷本さんが再び微笑みを浮かべた。
でも、その微笑みには、どこか影がある。
「もし、誰か大切にしたい人がいるなら、後悔だけはしないようにね?」
「…後悔…ですか?」
谷本さんは、影のある笑顔のまま、ゆっくりと頷いた。
「舞が…そうだったから。
学くんのこと、ずいぶん前から好きだったのに、なかなか言えなくて…。
やっと伝わったと思って、安心していたら、あんなことに…」
「……」
谷本さんも、私も、それ以上何も言うことはなかった。
そして、谷本さんは、最後に深く頭を下げると、寂しそうな背中を向けて、帰って行った。

