(「じゃね!ミキ」)いつもの女子が乗り込んできた。
――ミキというのか。
 いつものように横に座ってくる。バスが発車し坂を下り始めたので少しよろけながら座る。
「なんかいつもに増して暗いし、影薄いよ、あんた。精神科でも行ったほうがいいんじゃない?なんなら、私がついていってあげようか」
「なんでだよ。どうしておればかり。大学は決まらないし、部活も止められるし。どうしてだ、ミキ。甲子園でているんだ。もう少し認めてくれたっていいじゃないか」
「ちょっと、どうしたのさ。でも、ミキって名前呼んでもらえてうれしい」
「お前に喜んでもらうためにミキって言ったわけじゃないが」
「え?何それ。ミキ、ショック」
 おれは、ミキの睨み付けるようななんともいえない視線に耐え切れず、外を向いた。そこには、いつものようにおれの姿が映っていた。いつもと同じように、いや、いつも以上きれいに映っていた。そこにもう一人のおれがいる気がした。おれは、窓を開けてみる。無性にその影をさわりたくなる。今思えば窓を開けたのに姿が映っているというのは何かがおかしい。
 手を出す。
 手の先に雨がかかる。
 おれまであと、五センチ……一センチ。
 姿を触れる感覚がした。その時、おれはそれほど危険なほど体を伸ばしたとは思わない。が、ふわっと体が浮いた。ミキの叫び声を背にし、おれはバスから落ちた。
 バスが止まった。
 外から、おれはバスの中を見る。
 今までおれが座っていたミキの横に誰かが座っている。見覚えのある髪型、背丈……。おれは、そいつの顔を見える位置に動いた。
 そこにいたのは、おれだった。