そんな、ある日。九月に入ったが暑い日だった。診察予定はない。
おれは、街中を久しぶりに歩いてみることにした。電気屋のショーウインドーの前で、ふと、テレビを見てみると、また、どこかで少年が親を刺すという事件が起きたようである。
これだけ、少年事件があると、あの事件も過去の事件として忘れ去られるよな。そして、おれも、過去の人として忘れ去られていくのか。いや、忘れ去られるのは、おれではない。おれは、いまでも注目をあびているのだろう。忘れ去られるのは、ここにある肉体と心なのだ。いや、ここに肉体があるのかどうかも確かとはいえない。
結局、久しぶりの街は、おれをまた悩ませただけのようである。おれは、おじさんのいる家に帰ることとした。
「クーラーはないんですか」
「自然がいいんだ」
「暑いスよ」
おれは、上半身裸になった。まあ、ここにいるのはおじさん一人。野球で筋トレをしていたし、肉体には自信がある。上半身を脱いでいても、普通、問題はないし、悲鳴があがるなら、それはうれしい。おれの実体を認識してくれる人がいる証拠になる。
冷蔵庫からアイスバーを取って口にくわえた。部屋のドアを入った正面に鏡がある。
そこの前に立った。確かにおれはそこにいるのに。誰も見えないなんて。