「戻るぞ。この後に患者が入っている」
「おじさんの病院に?」
「そうだ。お前にも仕事をやってもらうぞ」
「って、おれは人の前に出ても無駄ですよ」
「パソコンで患者のカルテを作ろうとしたが、なかなか使いこなせなくてなぁ」
おじさんはため息をつき、言葉を続けた。
「まあ、私が、患者に音声認識のパソコンなんだ、などと言っておいたら、患者は、そう信じるだろう。つまり、音声認識のパソコンを見ていると思っている患者は、勝手にパソコンが動いているのを見ても驚かない。私は、おまえさんが、透明化したおまえさんの行動が、他人を驚かせるようなとき、おまえさんの行動が制限されると考えるのだ。最初、触れた赤ちゃんが、手から抜けたのはそのためと考える」
おれは、おじさんの言っていることがよくわからず、ひとまず、話題をずらした。
「患者ってそんなに多いんですか?」
「若い人は特に多いぞ。悩んでいるのは、お前だけではない。……まぁ、お前の悩みは特殊だが」
しばらく無言が続いた。後ろの車からクラクションを鳴らされて、倫理のテキストを落としてしまう。

……若い世代は、時によく悩む。大人にも、子供にもなれない世代、モラトリアム世代、これはアメリカの精神科医エリクソンが名づけたものである。……

おじさんは、家に帰り若い女性の診察を始めた
「見てください、音声認識のパソコンですよ。喋ったことがカルテになるんです」
――カルテを打っているのがおれの仕事。見えないから音声認識と思われる。ちょっと、変な気分だ。
「リラックスしてください」
おじさんがそう言って患者さんをソファーに座らせたの見て、おれはパソコンにカルテを打ち込んでいく。