おれは、学校を出て、ただ歩き始めた。行く先もない。どこかへと、目的のない活動である。気づくと俺は、夜の河原に一人でいた。
「お若いの、風邪をひきますぞ」後ろから声が聞こえる。
「大丈夫ですよ……。って、おれのことが見える?」
「見えるぞ。当たり前ではないか」
「僕がだれかわかります?」
「いや、見たことないなぁ。だれなんじゃ」
「甲子園の優勝投手だったんです。今年の」
「ほお。今のご時世には全くついていってないもんでな」
その初老の男性を触ってみる。久しぶりの人の感触がおれに伝わった。
「おいおい、何か涙を流すようなことか」
「なんか、ほかの人の体を通り抜けてしまうんです」
「何を意味わからんことを……。まあ、研究材料としてあんたは中々おもしろそうだ。そうそう、私は、精神医学の研究をしているのだ。若い人によくあるんじゃ、自分を認めてもらえず嘆く人っていうのは」
「いや、そうじゃなくて……。ちょっとどういう事かお見せします。誰かに私が見えるか聞いてください」
ある男が、そこを通りかかる。
「ここに、甲子園の優勝投手がいるのはあなたにも見えるだろ」
その初老の男性は声をかける。
「いや、あなた一人しか見えませんが。あの人の顔くらい私にもわかりますが、お見受けできませんね」辺りを見回し怪訝そうな顔で去っていく。
別の男が通りかかる。
「ここに、甲子園の優勝投手がいるのはあなたにも見えるだろ」
その初老の男性は声をかける。
「えっ。あなたしか見えませんけど」
あたりを見回し不審そうな顔をして小走りで逃げていった。