2012年10月某日、午後11時。秋田県潟上市天王から秋田市に向かう海沿いの県道。シローは多賀子を乗せたパジェロを停めて多賀子と一緒に車外に出た。

「おい、今日は中秋の名月だったよな」

「たしかそうだけど、さっき月が昇ってたの見たわよ」

「うん、俺も見た。でもほら、上を見てごらん」

真上とは言わないが、けっこうの高さにその名月が異様な光景とともにそこにあった。

「あ・・・真っ赤、なんで月があんなに赤いの?」

「おい、それだけじゃないぞ、その月の周りを、もっと広く見てごらん」

薄雲と認識できないほどの薄い雲に光を散らばらせて、月の周りに巨大な輪郭を見ることがあるが、その輪郭まで真っ赤に染まっていた。

上を見上げていた多賀子はシローの視線の先を追った。

「あっ!」

再び絶句した多賀子。真夜中の日本海が赤い月に照らされて、その波頭をまで赤く染めていた。

「なんなのいったい。何が始まるの?」

「いや、何も始まらないだろうけど、凄い景色だな」

「だってほら、なんか変な音も聞こえない?」

「ははは、気のせいだよ。軽い海鳴りみたいなものじゃないのか?」

「う~ん・・・なんかわかんないけど」

何も聞こえないとは言ったものの、シローは何か感知できないような振動のようなものを感じていたが、気のせいまたは疲れているせいだと封じ込めた。何も変わらない。久しぶりの逢瀬で激しく交わった余韻もあるだろうと思いこもうとしていた。南方を見ればこれから帰る秋田市がささやかな夜景を見せてくれていた。そして時折行き交う数台の車もいつものようにそこを流れていた。