妄想小説(短編)

「今日はありがとうございました。
 最高でした」

興奮のきわみの熱い顔で礼を述べる僕。
名残は惜しいが、「アニメの原作者と
オープニングソングの歌手」なら、
また会う機会もあるのだろう。

このヒートアップした今の僕では、
いずれ調子に乗りすぎて鈴木杏樹さんに
引かれてしまいかねない。

とりあえず目的はすべて果たしたのだ、
ボロを出さないうちに退散した方がよさ
そうだ。

杏樹さんも「こちらこそありがとうござ
いました。お会いできて良かったです」
などと言ってくれたが、内心は

「ファンだとしても、あんまり寄って
 きてくれても気持ち悪いのよ」

などと思っているのかもしれない、
という一抹の恐れは抱きつつ、

だがまあ、杏樹さんに限ってはそういう
ことはあるまいとも思う。

ただし、人間は

「ファンがいることはうれしくてありが
 たいが、あんまり崇拝されても負担」

なのかもしれないとも思う。適度な距離
が必要ということか。

人生最大の幸福な時間は過ぎゆき、
「謁見」は終わった。

ちゃっかりともう一度握手して、鈴木
杏樹さんと別れた僕は、本当は今日は
もうすぐにでも帰りたいところだったが、

今日の会談の結果を受けての、アニメ
スタッフとの話しあいを喫茶店で30分
行なった後、ようやく帰宅した。