「なんだよ、それ。偽善者振んなよな」
自嘲気味に鼻を鳴らした市川の背中は、やけに悲しげだ。
少し間を置いて、ゆっくりと、低く真面目な声で語り始めた。
「……蜘蛛見つけた時、机から落ちた話したろ? あの時、蜘蛛を押し潰しちまったんだ。信じたくないけど、ホントに呪われたんだと思う。
だから、眼が8個あるって話も、嘘じゃない。……けど、そんなの不気味なだけだ。痛いし気持ち悪いって、俺自身そう思ったよ。……おかげで髪なんか、生え変わるうちに白髪になっちまうしな。俺は、化け物と同じなんだ」
全て話終えると、市川は細く息を吐いた。
「本当のこと言ったぞ。これで満足かよ」
そう呟く市川の声は、掠れそうなほど静かで小さかった。
「……化け物なんかじゃない」
怒られるのを承知で、背中にコツンと額を寄せる。
「その力が私を助けて、守ってくれたでしょ? だから、ありがとう。ちゃんと伝えたかったの」
「……フン」
鼻をならしただけの市川。
怒っていたのか、あるいは面倒くさくなったのか、私の家に着くまで、市川の方から口を開くことはなかった。
心情を知りたくて、ねえ、と一度は訊ねてみたものの
見事に無視されたから、私も口を閉じていたのだ。
「また明日ね。ノート、持っていくから」
「おう、ありがと。じゃな」
やっとその挨拶を交わしたのは自転車を降りた直後で、
お互い目を合わせることもなく、私は玄関に向って歩き、市川はペダルを漕ぎだして、それぞれ去っていく。
──こうやって別れた翌日には、市川は必ず姿をくらますのだろう。
……という予想はハズレて、市川はいつもどおりやってきたので、1時間目の英語の授業中に彼が休んでいた分のノートを貸してやった。


