「よくわかんないけど、とりあえず乗れよ」
「え、いいの?」
「明日ノート貸してくれるんだろ。これで貸し借りナシな」
なにそれずるい、なんて言葉とは裏腹に、ちょっぴり嬉しくて迷わず後ろにまたがって背中にしがみつく。
その時フワリと感じた香りの名前は分からないけれど、夏の夕方に似合う優しい匂いがした。
しばらく私も市川も黙ったまま。
ゆっくりと走る自転車を、車が何台も追い越していく。
このままずっと家に着かなければいいのに……。
叶わないと分かっていても、そう願わずにはいられなかった。
それが“生きている”っていうことなのかもしれない。
「あ、そうだ、聞きたいことあったんだよね」
「なに?」
市川の手の平に現れた深紅の眼が脳裏を過る。
「前に話してくれたでしょ? “蜘蛛”の呪いの話……あれ本当だったんだね」
「ハァ? 嘘に決まってんだろ」
「ねえ、ちゃんと見たんだから。その手に紅い眼が出たのを」
「ンな事ある訳ねーだろ、夢でも見たんじゃねぇ?」
「昨夜のことは夢なんかじゃない。そうでしょ?」
「ただの夢だって。忘れろ」
まともに取り合わず、とぼけるような市川の態度に、私は少なからず、いらだちを覚え始めた。
なぜ本当のことを打ち明けてくれないのだろう?
私はこの目で見たのに
私には隠さなくていいのに
私だけに、秘密を教えてほしいのに
「……本当のこと、言ってよ……」
そう思うのは自然なことで、私だけのワガママじゃないと信じたかった。
その気持ちを知る由もない市川は、
「……『本当だよ』って言えば気が済むのかよ」
と、捨て鉢になる。
「あたしは市川のこと、ちゃんと知りたいだけ」


