蜘蛛ノ糸


子供の姿からは想像もつかない力で握られ、爪が食い込んでくる。


「もう逃げられないよ」


憎悪に満ちた表情で睨まれ、咄嗟に手を振り払った。

男の子から離れようと、森の中を走り続ける。

走りながら振り返ると、男の子が追いかけてきていた。

怪我のせいで何度もつまずいたけれど、立ち止まるわけにはいかない。


しかし突然、真っ黒な壁に突き当たってしまった。


「なんで!? 森の中に壁があるはずなんてないのに……!!」


私は何度も壁を叩いた。

岩みたいに硬くて、びくともしない。

傷付くのは私の拳の方だった。


振り向けば、男の子はもうそこまで来ていた。


「来ないでっ!! 来ないでよ!!」


不気味な笑みを浮かべて、男の子が手を伸ばしてくる。












──私は体を起こした。


電気がついたままの部屋の、ベッドの上に私はいた。


ドク、ドク、ドク──


テレビから聞こえてくる音より、大きく聞こえる心臓の音。

テーブルに置かれたカップには、まだコーヒーが残っている。

時計は、夜中の1時。


「良かった、まだ私生きてる……」


つう、と、こめかみから首筋にかけて滑る汗を拭って安堵したのも束の間。

その右手首に爪痕がついていて、血が流れていた。


溜め息が出た。


さすがにもう、限界だった。


「市川に相談しなくちゃ……」






*5*



「市川っ!!」


一人では耐えきれなくなった私は、待ち伏せた校門で市川を引きとめた。

朝のショートが始まる前に彼がやってきたのは奇跡かもしれない。


「はよ。……ってお前、何だよその首?」


大きな声に周りが振り向く。

慌てて「しっ」と制すると、有無を言わせず彼の腕を引っ張って、人目を避けるように校舎の裏側へ連れ込んだ。