蜘蛛ノ糸


夢の中でした怪我が現実になったんだから、この本の中で起こっていることも現実になるかもしれない。

そんなこと考えたくもないけれど、その可能性は十分ある。


手が震えた。息も詰まる。


不安でいっぱいになって、次のページを開いた時。


今まで女の子だけを見ていた魄が、急に正面を向いた。


本を読む私に気付いたかのように──。





ハッとして絵本を閉じた。


壁にぴったり背を付けて怯えていると、にわかに上腕が熱くなり始めた。

焼けるような痛みに腕を押さえて横を見やると、すぐそこに魄が立っていた。

それも、子供とは思えないほど、怨恨を抱いた形相で。


わっと叫んだと同時に、本棚の影から生徒が顔を覗かせた。


「どうしたの?」


我に返ってもう一度隣を見たが、魄の姿は消えていて、いつの間にか腕の痛みもなくなっていた。


生徒は不思議そうにこっちを見ていたが、私は何も言わず鞄に絵本を放り込んで立ち上がる。

膝の痛みも忘れて、逃げるように図書室を飛び出した。





おかげで午後の授業は全然身が入らなかった。

クラスにいると緊張が解けて、何度も眠気に襲われるけど、絶対に目は閉じない。

うっかり眠ってしまったら、また魄が現れる夢を見てしまいそうだったからだ。


なんとか午後まで持ちこたえたけれど、こんな包帯巻きの足では部活も退屈だった。

コーチやマネージャーの隣で記録を付けたり、部員の世話をしたり。

いつも思いっきり走ると悩み事も消し飛ぶのに、こんなふうに止まってばかりいると、あれこれ考えてしまう。


今、目の前を市川が通り過ぎていった。

マネージャーの女の子が、中間のタイムを大声で告げた。

私はそれをノートに記録して、ぼんやり市川を眺めた。


いつものようにユルくないし、練習着も靴も正しく着けている、部活の時の市川。

真剣な顔で汗をかく姿に心を奪われる。

同時に、少し苦しくもなった。