蜘蛛ノ糸


「え? もう1回?」


彼がこくこく頷くので、私はもう一度、読んであげよとして、深く息を吸い込んだ──



「日渡」


ところが、市川の声によって阻まれる。


「ノート、ありがとな。なんとか写し終わった。
で、まだここにいたのか?」

「うん。この子に絵本、読んであげてたの──」


と隣を振り向いて、ゾッとした。



──いない……



今の今まで、隣にいたのに──



「うそ……」


市川もカーペットにあがってくる。


「どうした?」

「いない……さっきまで、ここに男の子がいたのに……」

「? もしかして……」


市川は私の手から絵本を奪って、パラパラめくる。


「なあ、コイツ?」


不思議の森の林の中に、男の子の絵があった。

黄色いカバンと帽子を身につけた、あの男の子と同じ……。


「さっきまでこんな絵なかった、絶対に……」


声が震えた。


怖かったのだ。

まさか、そんなことあり得ない……。


驚愕する私とは裏腹に、彼はさらりと言った。


「時々あるんだよ、こういうこと」

「えっ」

「本だけじゃない。古くて皆に愛されて、作者の思い入れが強い物……そういう物には、魂が宿るんだ。
……狭し人の成れの果て、って言ったら分かるか?」

「成れの、果て……」

「狭し人は消滅した後、結晶みたいな残骸が残ることがあるんだ。1つだけじゃ意思は持たないけど、いろんな人の結晶が集まって魄(ハク)になる」

「それが、この絵本の中にいるの?」

「そう。魄はいろんな形に姿を変えることができるんだ。普通は何もしてこないけど、時が経つにつれて悪さをするようになる魄もある」